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岡山地方裁判所 平成6年(ワ)111号 判決 1998年1月30日

岡山県浅口郡<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

大土弘

右同

河田英正

右同

加瀬野忠吉

右同

羽原真二

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

柳瀬治夫

右同

河村正和

主文

一  被告は原告に対し、金一一二八万一〇八四円及びこれに対する平成五年六月一〇日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二八五五万一二八三円及びこれに対する平成五年六月一〇日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告ないし被告の外務員の勧誘によってワラント取引を行った原告が、右勧誘行為の違法性を主張し、ワラント取引の結果被った損害の賠償を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがない事実)

1  原告は、倉敷市内で自動車の整備・販売会社を経営しているものであり、被告は、証券業を営む株式会社である。

2  ワラントの意義

(一) 昭和五六年の商法改正によって発行が認められた新株引受権付社債の別名をワラント債と言い、このワラント債に表章された新株引受権のことをワラントという。ワラント債には、社債と新株引受権が一枚の証券になった形で発行される非分離型と、これが分離可能な形で発行される分離型とがある。したがって、分離型ワラント債は、分離されれば新株引受権だけが独自の証券として流通することになり、この証券のこともワラントと呼ばれている。以前は、日本国内で発行されるワラント債は非分離型に限られていたが、昭和六〇年一一月一日から国内においても分離型ワラント債の発行が解除された。

(二) ワラント債を発行通貨別に分類すると、国内で発行される円建てのものと外国で発行される外貨建てのものとがある。現在外国で発行されている国内企業のワラント債のほとんどはドル建てワラント債(ユーロドルワラント債)である。

(三) 従来、海外で発行された外貨建ワラント債の分離ワラントを国内に持ち込むことは日本証券業協会の自粛措置として行われていなかったが、昭和六一年一月一日からその国内持込みが行われるようになった。そして現在日本国内において流通しているワラントのほとんどは外貨建ての分離型ワラントである。

(四) 右に述べたとおり、ワラントとは、新株引受権を意味し、これは「予め決められた一定数の株式を、一定の期間に、一定の価格で買い付けることのできる権利」と言うことができる。これを詳述すると次のとおりとなる。

(1) 権利行使期間

権利行使期間は、ワラント債発行時に定められるが、社債の満期償還日あるいはその前の一定日とされ、発行後四年から五年間とされるものが多い。

(2) 権利行使価格

ワラント債発行時に定められ、通常ワラント債の最後発行条件決定時の当該ワラント銘柄の株価の一〇二・五パーセントと定められる。但し、ワラント起債後の無償増資や公募発行による発行株式数の増加により調整されることがある。

(3) 一ワラントの権利行使による取得株数

社債額面に対する付与率で決まるが、通常付与率は一対一とするものがほとんどである。したがって、額面金額(外貨建ての場合は、発行条件決定時の為替レートで円に換算する。)一株の権利行使価格で除すると、一ワラントの権利行使株数となる。

(4) 権利行使

購入したワラントを権利行使するには、権利行使価格に取得株数を乗じた株式取得代金を新たに発行企業に払い込まなければならない。

3  ワラント取引の仕組み及び特質

(一) 右のような性質を持つワラントは、投資家の立場から見ると次のような取引構造となる。

(1) 購入した銘柄の現在の株価が、権利行使価額とワラントの購入コストを加算した額を上回れば、ワラントを行使して現在株価より安いコストで株式を取得することができる妙味を持つ。したがって、投資家が株式の取得を希望するなら、権利行使価格を所定の窓口を通じて新たに払い込んで株式を取得することができ、その株式を時価で売却すれば、売却益を取得することができる。

(2) 逆に、現在株価が権利行使価格より下落した場合、証券市場で安く購入できる株式を敢えてワラントを行使して現在株価より高い権利行使価額を発行企業に払い込んで取得する利益は全くないことになる。したがって、現在株価がワラントの権利行使価額を上回らないまま権利行使期間を経過した場合、ワラントは行使できないまま、その権利は失効消滅してしまうことになる。

(二) ワラントのうち、国内発行の円建てワラントは、証券取引所に上場され、そこで取引がなされるため、相場が形成されている。しかし、外貨建てワラントの取引は、日本国内の証券取引所には上場されず、証券会社との店頭での相対取引が行われることになる。すなわち、外貨建てワラントの取引は、取引所を通して行われるのではなく、証券会社が顧客との間で自ら売主となって、手持あるいは他から調達したワラントを顧客に売り付け、また自ら買主となって顧客のワラントを買い付ける仕組みとなっている。

(三) 外貨建てワラントの価格の開示は、平成元年四月三〇日までは、証券会社の店頭を除いては行われておらず、平成元年五月一日から、日本証券業協会によって、特定の銘柄についてワラントの気配値が発表されるようになり、平成二年九月二五日から、日本相互証券株式会社で行われるワラントの業者間取引の気配値一覧が日本経済新聞等に掲載されるようになった。また現在、日本相互証券株式会社では、行使期限まで一年未満のワラントの値付けはしていない。

(四) ワラントの保有者は、新株引受権行使の機会を待たず、ワラントそれ自体の価格の変動を利用して、ワラントの売買による差益をあげることも可能である。しかし、ワラントの価格の変動は、株価の変動より大きく、株価の変動率の何倍もの変動がワラントには生じる。これをギヤリング効果というが、その意味するところは、小さい歯車のワラント価格と大きい歯車の株価が噛合っている状況を想定すると、株価の歯車が一回転する間に、小さい歯車のワラント価格は何回もの回転をするというところにある。このギヤリング効果は、株価が上昇したときはもちろんのこと、反対に下落したときにも生じてくるものであって、この意味でワラントはハイリターンであると同時にハイリスクの商品でもある。

(五) ワラントの理論的な価格をパリティという。パリティとは、株価と当該ワラントの行使価格の差額に引き受けられる株式数を乗じた額のことであり、ワラントの基本的財産価値である。パリティによってワラントと株価の変動率を説明すると次のとおりとなる。

(1) ある銘柄の現在株価が一〇〇〇円、そのワラントにおける権利行使価額が八〇〇円、そして一ワラント当たりの引受株式数が五〇〇株とすると、

(一〇〇〇円-八〇〇円)×五〇〇株=一〇万円

の計算式で、当時の当該ワラントの理論価格は一〇万円となる。

以後、株価が二割上がって一二〇〇円となると、

(一二〇〇円-八〇〇円)×五〇〇株=二〇万円

の計算式で、ワラントの価格は二〇万円となり、二倍に跳ね上がる。

(2) 逆に、株価が二割下がって八〇〇円となると、

(八〇〇円-八〇〇円)×五〇〇株=〇円

となり、ワラントは理論的には無価値となる。

つまり、仮に同じく一〇〇〇万円の投資をしても、株式なら二〇〇万円の損益となるところが、ワラントでは一〇〇〇万円の損益となる。

(六) さらに実際にワラントの取引価格はパリティにプレミアムが付加される。このプレミアムとは、将来の株価上昇の期待値のことで、その確たる数値はなく、結局取引価額からパリティ額を差し引いた分がプレミアムの値となる。

(七) このようにワラント投資は、株式投資の何倍もの比率でうま味と危険が背中合わせになっているものである。そして、現在株価が当該銘柄のワラントの権利行使価格を下回った場合、証券市場で安く購入できる株式を敢えてワラントを権利行使して高く取得するメリットはなく、したがって現在株価がワラントの権利行使価格を上回らないままの状態で経過すると、ワラントの価値は低迷し、権利行使期間の経過によってワラントは無価値となる。

4  原被告間のワラント取引

原被告間のワラント取引はすべて外貨建て分離型ワラントの相対取引であり、その内容は別紙ワラント取引一覧表(以下「取引一覧表」という。)記載のとおりである(以下「本件取引」という。)。本件取引における被告の担当外務員は、昭和六二年八月一九日のエスバイエルの買付取引から昭和六三年四月一一日の近鉄の売付取引までは、被告倉敷支店営業課長であったB(以下「B」という。)であり、平成二年六月四日の日本正油の買付取引から平成三年六月二七日の南海電鉄の売付取引までは、Bの後任として同支店の営業課長であったC(以下「C」という。)であり、平成四年一月二四日の三井造船の買付取引以降は同様にCの後任営業課長であったD(以下「D」という。)であった。

二  争点

1  本件取引の態様(本件取引の経緯、被告外務員による勧誘行為の態様等)

2  被告の責任及び原告の損害(被告における注意義務違反の有無及び不法行為責任並びに過失相殺)

三  争点についての原告の主張

1  本件取引の経緯及び態様

被告及びその従業員は、一般投資家であり、証券取引につきほとんど知識を有しない原告に対し本件取引を勧誘したものであり、その際被告はワラントについて十分な知識のない従業員をしてワラントの勧誘、販売をさせ、原告に対し、ワラントの仕組みとその危険性につき何らの説明もしないままワラント取引を開始させ、これを継続させたものである。また取引一覧表記載の平成二年一〇月一六日以降平成三年六月七日までのワラント取引は、証券取引法五〇条一項三号に違反する一任勘定取引であった。すなわち、

(一) 原告がワラントに初めて投資したのは昭和六二年八月頃であり、Bから勧誘を受けたからであったが、その当時原告はワラントについて全く知識を有しておらず、ワラントという証券が存在することすら知らなかった。

(二) 原告がワラントという証券の存在することを知ったのは、昭和六二年八月一九日頃Bから勧誘を受けたときであった。すなわち、同日頃、Bから原告に電話があり、Bは原告に対し、小堀掘住建(現在の銘柄はエスバイエル)のワラントを買えば株式より早く儲かると申し向け、ワラントの購入を勧誘した。しかし、このときBは、「ワラント」という用語は出したものの、ワラントの内容、権利行使期間等については、全く説明せず、ただ利益の幅が株式よりも大きいことのみを説明しただけであった。そのため、原告は、ワラントには権利行使期間があり、これを経過するとワラントが紙切れ同然となってしまうことなどの認識がないまま、株式取引とほぼ同じものと考えて同日小堀住建のワラントを注文した。

(三) Cは、原告が既にワラント取引をしていることから、原告はワラントの知識を有していると考え、特別に詳しい説明はしなかった。したがって、原告はBから説明を受けた以上の知識を、Cを通じてワラント取引をする際にも有していなかった。

(四) さらに、平成二年九月一四日に原告がCに勧められて購入したイトマン(現在銘柄は住金物産)ワラントが暴落したことから、原告がCに、損をどのようにして取り返すのかを尋ねたところ、Cは「私に任せて下さい。絶対に取り返して見せます。」と言った。そこで原告は、Cに一切を任せてワラント及び株式の信用取引をさせることとし、その後Cは、時々は原告に報告もしていたが、ほとんどのワラント取引については銘柄も原告に報告することなく取引をするようになった。したがって、取引一覧表記載の平成二年一〇月一六日以降のワラント取引は、証券取引法の禁止する一任勘定取引であり、違法取引である。

(五) Dは、原告に対して不動産取引を例にワラントを説明したと証言するが、仮に右証言が事実であるとしても、ワラント取引と不動産取引とは質的に異なるものであり、かつ右の説明ではワラントについての説明としては未だ不十分なものであった。

2  被告の責任(本件取引の違法性)

(一) 証券会社は、証券業を営むことについて、大蔵大臣の免許を受けた株式会社であり、証券の売買についての専門家であって、証券及び証券取引についての詳細な知識と豊富な経験を有し、また必要な情報を収集し、分析・評価する能力を蓄積している。これに対して、一般の投資家には、証券取引に関しての素人も多く、たとえ多少の知識、経験を有するとしても、専門業者である証券会社との間には絶対的な格差がある。したがって、一般投資家は、証券取引についての専門的な知識、十分な情報、豊富な経験を有する証券会社の投資勧誘ないしは投資助言を信頼して証券取引に入ることになり、この場合に、証券会社がこのような関係を利用して、会社の利益を図るために、投資家に不当な損失を与えることは、投資家の正当な保護ひいては健全な証券市場の形成を妨げることになる。

そこで、証券取引法及びその関連法令は、一般投資家の証券投資及び証券取引が公正に行われることを確保し、一般投資家が証券投資及び証券取引に関して不当な侵害を受けないようにするために、一般投資家の保護のために証券会社の投資勧誘に関し様々な規制を加えている。

ワラント取引も、通常の株式取引と同様、証券取引法その他の関連法令の適用を受け、被告も当然これら証券取引法その他の関連法令を遵守する義務を負っているが、本件取引における被告の勧誘等の業務遂行行為は、著しくこれらの法令遵守義務に違反している。

(二) 適合性原則違反

証券会社は、投資勧誘に関して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて、不適当な証券取引を勧誘してはならないとされている。

ワラント取引は、極めて危険性の高い、プロの投資家に適合した取引であって、一般の投資家に適合しない取引であることは明白である。しかるに被告及びその従業員は、一般投資家であり、証券取引につきほとんど知識を有しない原告に対し、本件取引を勧誘し、ワラントを購入させており、適合性の原則違反という重大な違法が存在する。

(三) 説明義務違反

(1) ワラント、特に外貨建ワラントは、極めて危険性の高い投資商品であって、証券会社としては、このような危険性の高い商品を一般投資家に勧誘する場合には、その仕組みと危険性を十分説明する義務がある。公正慣習規則第九号が、新株引受権証券にかかる契約を締結しようとするときは、あらかじめ顧客に対し、証券取引所作成の説明書を交付して、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分な説明をすることを義務づけているのもかかる説明義務を前提とするものである。

(2) そもそも一般に、勧誘する取引内容が危険性の高いものである場合には、勧誘を受ける顧客がその種取引に精通している場合を除き、勧誘する者にその取引の仕組みや危険性について説明義務があると解される。特に本件のごとく勧誘する側が専門業者であり、かつ勧誘を受ける側が当該取引につき知識のない素人であるという場合には、よりいっそう説明義務が高度になると言わなければならない。

専門業者が素人を危険性の高い取引に勧誘する類型としては、商品先物取引の分野があり、既に多数の判例があるが、勧誘の違法性を判断するについて、制度の仕組みや危険性等を十分理解させるための説明義務があるとするのが一般的傾向である。

(3) 本件はワラントの勧誘であるから、証券取引法を始めとする諸法令が適用される。

ところで証券取引法は、投資家が不当な不利益を被らないよう、正確な情報の開示を重視しているところであり、そのような意味において他の分野における以上の説明義務が重視されるべきものである。すなわち、法は、五八条二号、一二五条二項三号、五〇条五号、証券会社の健全性の準則等に関する大蔵省令一条一号等に見られるごとく、二重三重に取引に当たり誤解を生じさせないよう規制しているのである。これらの規定で、「誤解を生じさせないために必要な事実の表示が欠けている」形態、すなわち説明すべき場合にこれを説明しないという消極的な形態の勧誘も違法となるべきことが明らかなのである。つまり、法は、不実の表示及び誤解をもたらす積極的な表示はもとより、説明がないことによって生じる誤解をも防止すべく、勧誘等を強く規制しているのである。

(4) 被告は、ワラント取引に当たり説明書を交付すること及び確認書を徴求することは、平成元年四月一九日の理事会決議において初めて定められ、その後平成二年三月一六日にその旨が公正慣習規則に取り入れられたとし、これらは証券取引法上の規定でないと主張する。しかし、前記理事会決議及び公正慣習規則は、証券取引法上の前記説明義務・情報の開示義務を、単に実務的に明確にしたものに過ぎない。すなわち、法的な義務は理事会決議・公正慣習規則以前に存在しているである。つまり右決議内容等にしたがってその範囲のことのみを行えば、法的義務がすべて尽くされたというものではないのである。

なおいわゆる自己責任の原則は、自己責任を果たすことができる公正な取引環境が整備されていることが当然の前提であり、かつ当該勧誘が適合性の原則からみて排除されない顧客に対し、後記説明義務の具体的内容を理解させることを前提としているといわなければならない。したがって、これらの説明なくして取り引きさせることは、自己責任の原則を著しく損なうものである。

(5) 説明義務の内容

ワラントは極めて複雑な商品構造を持ち、かつ高度の危険性がある金融商品である。したがって説明義務の内容は、その商品の構造・取引の仕組み・価格に関する情報・危険性の程度及び内容等全般に及ぶ必要がある。このうち特に重要な点を上げれば次のとおりである。

① ワラントの危険性

ワラントは、株価がワラントの権利行使価格を上回らない状態で経過すると、次第に紙屑同然の価値しかなくなり、権利行使期間が経過すると完全に無価値となる。また為替相場の変動によるリスクも存在する。

こうした点は、現物株投資等と著しく異なるところであって、この危険性の説明がない場合には、いかなる意味においても説明義務違反となる。

② ワラントの商品構造

ワラントの商品構造それ自体、つまりワラントとはどういうものか、権利行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使による取得株数、権利行使する場合に必要な株式取得代金の額等につき説明が必要であることはいうまでもない。この場合、他の金融商品、特に社債や株式との違いを明確にし、誤認・混同を招かないように説明する必要がある。

右を前提として、勧誘している当該ワラントについての各々具体的な内容、すなわち権利行使期間が何時までであるのか、権利行使価格がいくらであるのか、権利行使による取得株数は何株であるのか、その場合いくらの株式取得代金が必要となるのか等につき、一般論とは別途、具体的な説明が必要である。

③ ワラントの取引形態

ワラントは、店頭・相対取引という取引形態をとり、通常の株式取引等と全く異なる。したがって、この取引形態、すなわち証券会社自身が売買の相手方であり、購入した場合にそれを売却する先も事実上当該証券会社に限定されること、それ故売却に応じない場合には事実上処分が不可能となることを説明すべきである。

また取引についての価格情報の入手方法、入手した価格情報の意味、予想される売買価格の構造、ポイントの意味、価格の計算方法について具体的に説明する必要がある。

(四) 被告は、前記のとおり、ワラント取引につき適合性を有しない原告に対して本件取引を勧誘し、しかも原告に対してワラントの仕組みとその危険性につき何らの説明もしないでワラント取引を開始させるなど、説明義務を全く果たしていない。また、前記のとおり取引一覧表記載の平成二年一〇月一六日以降のワラント取引は、違法な一任勘定取引である。そして右被告の違法行為は、原告に対する不法行為を構成するものであるから、被告は原告に対して本件取引によって原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告は、本件取引の結果、金二八五五万一二八三円の損害を被った。

四  争点についての被告の主張

1  本件取引の態様に関する原告の主張は争う。原告はワラントの商品性につき十分理解していた。すなわち、

(一) Bは、原告にワラント取引を勧誘するに当たって、ワラントの商品性について十分な説明を行い、それを受けて原告は小堀住建(後のエスバイエル)ワラントを買い付けることにしたのである。原告は、Bの説明は電話によるもので不十分であったと主張するが、Bは、①ワラントが株式でなく、新株を引き受ける権利を売買するものであること、②現物株の三倍ほど早く値動きがあること、③権利行使期限が四年位で来て、その期限が過ぎてしまうともう価値がなくなるので、権利行使期限内に途中で売却するか、もしくはその銘柄の株式を引き受ける必要があることを説明した。ワラント取引をする上で顧客の知る必要のある情報は、右①ないし③の結論であって、その結論が導かれる仕組みや理由ではないから、電話による短時間の説明でも十分であった。

(二) 証券の売買の約定が成立したときには顧客に取引報告書が送付されるが、原告がワラント取引を開始した時期においては、ワラント取引の場合は右取引報告書の送付と共に買付の際も売付の際も毎回ワラント取引の「ご案内」が送付され、さらに月次報告書とこれに対する「回答書」においては、株式とワラントとは別枠に記載されているのであるから、原告はワラントが株式と区別される別種の証券であることは容易に理解できた。

(三) 原告は、ワラント取引説明書の交付を受けて、「ワラント取引に関する確認書」に署名・捺印して被告に差し入れている。右確認書には、「貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し」と記載されているのであるから、その記載のとおり、原告は説明書を受領し、その内容を確認したものと考えるべきである。

(四) ワラント取引の「ご案内」には、ワラント証券が「一定期間(行使期間)内に、一定価格(行使価格)で、一定量の新株式を購入(引受)できる権利を有する証券のことです。ワラントの取引は「新株引受権」という名の株式購入権だけを売買するものです。」との説明のほか、「権利行使をせずに行使期間終了となれば新株引受権がなくなるわけですから、価値がなくなります。」「ワラントの価格の変動は理論上、株価に連動して変動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。従って、株式を売買するよりも少額の資金を投下するだけで、株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能ですが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあります。」と記載されている。さらに、被告では「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」を平成二年二月末から顧客に送付しているが、右「お知らせ」の裏面には、ワラントの説明のほか、「ワラントの価格の変動は理論上、株価に連動しますが、その変動率は株式に比べて大きくなる傾向があります。従って、株式を売買するよりも少額の資金で、株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能ですが、反面、値下がりも急激で、場合によっては投資金額の全額を失うこともあります。」「ワラントには権利行使の期間が設けられており、権利行使期間が終了したときにはその価値を失います。(中略)期間内に売却もしない、権利行使もしない場合ワラント買付代金全額を失うことになります。」と記載されている。

原告に送付されたこれらの「ワラント取引のご案内」や「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」は、いずれも一枚ずつであり、自然に眼に触れるものであって、分かり易く下線が引かれているから、その内容は容易に理解できるものである。多数回に及んで送付されたこれらの書類に原告が一度も目を通さなかったということは常識的に考えられないところである。

(五) Cが担当した取引のうち、平成二年一〇月一六日以降の取引が取引一任勘定取引であったことはない。Cはすべての取引について、原告から個別の注文を受けてこれを実行したものである。

2  被告の責任についての原告の主張は争う。被告には原告主張の説明義務等の注意義務はないし、仮に右注意義務があるとしても被告に当該義務違反の事実はない。すなわち、

(一) 原告は、説明義務違反の根拠として、証券取引法五八条二号、一二五条二項三号、五〇条一項五号及び証券会社の健全性の準則に関する省令一条一号等を挙げるが、これらはいずれも、証券会社が顧客に対して原告主張の義務を負担する根拠になるものではない。すなわち、右各条項により、証券会社等が公法上の責任を負うか否かは別にして、これらの条文を根拠に直ちに私法上の義務が導かれるものではない。なお、右各条項には、原告の主張するような不作為を違法とする旨の規定はなく、同法五八条二号も「有価証券の売買その他の取引について、(中略)重要な事実の表示が欠けている文書その他の表示を使用」するという積極的行為を禁止しているのであって、決して原告主張のような「説明しないという消極的な形態の勧誘」を禁止しているものではない。

(二) 原告の場合は、いわゆる投資を目的として証券取引を行っているもの(いわゆる個人投資家)であり、利回りの低い預貯金によってではなく、より高い利益を得る目的で投資を行っているもので、投資である以上は、大なり小なりリスクがあることは当然であり、原告もそのリスクの存在を承知しているはずである。従って、諸事情を勘案して、いかなる商品にいかなる投資をするかを決定するのは、投資によって損益が帰属する投資家自身であり、その判断の前提として、投資対象の商品の内容や特性その他必要と考える事項の調査をすべき責任ないし注意義務は投資家自身にあるのである。勿論、その調査方法として、証券会社の担当者に質問する方法もあり、証券会社では、サービスとして質問に応じた回答をするのが通常であるから、調査自体は極めて容易であって投資家がこのような責任ないし調査義務を負うこと自体は何ら不合理でもない。ここに投資においては、「自己責任の原則」が働く理由があるのである。

(三) 証券取引において「自己責任の原則」が存在することは、原告も認めているところであるが、「投資者」よりも広い概念である「消費者」についてさえ、消費者保護基本法は第五条において、「消費者は、経済社会の発展に即応して、自ら進んで消費生活に関する必要な知識を修得すると共に、自主的かつ合理的に行動するように努める」べきであることが要求されているのであり、「消費者」よりも知識と判断力において勝ると考えられる「投資者」においては、より高度の努力をしなければならないことは当然である。

(四) ワラントは、一定の期間内に一定の価格で新株を引き受ける権利であるから、行使期間中に株価が行使価格を上回らなければ行使の機会のないまま価値がなくなってしまう。右のようなワラントの性格は、最初から明白である。右の基本的性格は明快であり、仮にこの程度のことも理解しようとせずに投資したとすれば、そのこと自体が投資家の落ち度といわれても仕方がないであろう。自己責任のもっとも基本的な事項である。

(五) 証券会社は、投資家の注文を承諾した場合それに基いて売買注文の執行をし、あるいは店頭登録商品については売買が成立した場合その受渡しを行う立場にあるに過ぎず、投資家に対して投資商品の内容等について説明をすべき義務等は負担していない。実際には、被告では、売買の注文を受けるに当たっては、投資家に対して各種商品の内容や特性その他様々な投資情報を提供し、あるいはワラント等については説明書を交付して書面による説明も実施している。しかし、これは投資家に対してサービスとして行っているものであって、決して法律上の義務の履行として行っているものではない。

(六) Cが一任勘定取引を行った旨の原告の主張事実は否認するが、そもそも原告の指摘する証券取引法五〇条一項三号の規定は、平成三年一〇月五日法律第九六号として公布された証券取引法改正法によって新設され、平成四年一月一日から施行されたものであって、Cが原告の取引を担当していた当時においては、右規定は存在していなかったのであるから、同条項に違反するとの原告の主張が理由のないことは明らかである。

(七) 仮に、顧客が証券投資を行うについて証券会社に説明義務があるとしても、その説明義務の内容は次のように考えるべきであり、Bら被告の外務員は前記のとおり右説明義務を尽くしている。すなわち、

(1) 投資対象に種々の危険性が複合して存在するとしても、不法行為の成否との関係で問題とされる以上、実際に損害として主張されるような価格の大幅な下落の原因となりうる危険性の説明の要否だけが論ぜられるべきであり、しかも当該危険性が現実化したことを要する。ワラントの場合、その特質に鑑みると、不法行為の成否との関係で説明すべき危険性は、①ワラント価格は株価に連動しかつ株価の数倍の値動きをすること及び②ワラントは権利行使期限後は無価値となることの二点である。その他の点、例えば取引形態が相対取引であることについては、相対取引であることによって取引実勢を無視するほどの価格形成が一般的に行われているとは思われないし、また株価との関係を理解していれば大体の騰落はわかり、かつ証券会社に問い合わせればいつでも正確な価格を知ることはできるのであるから、不法行為の成否との関係では説明の有無は問題とならないと思われる。また、一般に外貨建ワラントについて為替リスクが云々されるが、実際には行使株数が固定されており、ワラントの価値が基本的には行使価格と円の実勢価格との関係により規定されている以上、日本の投資家にとっては為替リスクはほとんど存在しないと考えられ、値決めあるいは売却執行の過程で多少の為替の影響は免れないにしても、少なくとも大幅な価格下落への為替の影響はないはずであるから、これも説明の必要はない。さらに、パリティやプレミアム、ギアリング・レシオ、あるいは行使価格や行使株数、付与率についても、右①②の理解がある限りは大まかな投資の適否を判断できるのであるから、その説明の有無は不法行為の成否とは直ちに関係がないというべきであろう。

(2) 勧誘のあり方は、詰まるところ投資の合理性を確保するものであるかどうかによってその適否が判断されるべきであるから、説明義務の範囲としては、要するに投資家が投資の適否について的確な判断ができるだけの情報であること、または投資家自らかかる情報を入手する必要性を知ることができるものであることが要求され、かつそれで足りると解すべきである。そうすると、右①②に加えて、ワラントの仕組みに関する細々とした事項について説明義務の範囲にあるものとして、常にその説明を必要とするのは疑問である。投資家が普通求めているのも、パリティやプレミアム、ギアリングといった商品の仕組み自体の正確な知識ではなく、株価水準の変動や時間の経過との関係において予想される値動きである。ワラントの価格の変動は、同銘柄の株式の価格に応じて連続的であり、投資損益は他に比べ権利行使価格の前後で特に大きく変化するわけではないから、権利行使価格の情報としての有用性を過度に強調すべきではなく、その説明と理解も、通常は投資判断の適否を大まかに知るための必須の要素とまでみることはできない。権利行使による取得株式数の理解も同様である。権利行使のために新たな資金が必要であることなどは瑣末なことがらである。投資家が実感として大まかに投資の適否を判断できる以上、よりきめ細かな投資行動をするために商品の仕組みを詳しく理解したいのであれば、自ら研究するか、積極的に説明を求めるかすべきである。その労を惜しむのであれば、投資を断念するか、敢えて取り引きするなら理解が不十分な危険性の現実化を甘受すべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件取引の経緯及び取引態様

証拠(乙一、二、乙四、五、乙六の一ないし九〇、乙七の一ないし三、乙八の一ないし一四、乙九の一ないし四、乙一一、乙一五、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  原告は、本件取引開始当時四二歳の男性であり、●●大学自動車学科を卒業し、自動車の修理・販売業を営む会社を経営している者である。●●株式会社は、平成二年に設立され、原告が代表取締役であるが、平成二年以前は幸福産業車輛部の名称で同様の営業を行っており、平成元年当時の従業員数は約一〇名、平成七年当時の従業員数は約二〇名である。原告の役員報酬は、平成元年当時は月額金五〇ないし六〇万円、平成七年当時は月額金約一〇〇万円くらいである。平成元年頃の原告の資産としては、自宅の土地建物のほかに約二〇三坪の土地及び約四五〇〇万円の預貯金が存在した。

2  原告は、昭和六二年八月頃当時において、山一証券等にて数個の銘柄約一万数千株を買付していたほかは、特に証券取引の経験はなく、ワラントについてもその存在、名称、内容、取引の仕組み等は全く知らなかった。原告と被告との証券取引は、原告が、証券取引を希望して倉敷信用金庫の某支店長からBを紹介され、同月四日に、Bの勧誘により、原告において能美防災の転換社債を金一〇〇万円にて買い付けたのが最初であるが、その後ワラントについて取引一覧表記載のとおりの売買をしたほか、平成五年一〇月二二日までの間に九五回に渡り約三〇万株、約五億円に達する現物株式等の売買をし、また昭和六二年九月三〇日から平成三年一一月二六日までの間に一一八回に渡り約一三〇万株の株式等の信用取引を、いずれもB、C及びDの勧誘によって行っている。

3  Bは、昭和六一年一一月二一日から昭和六三年六月二三日まで被告倉敷支店営業課長の職にあった証券取引外務員であり、本件取引のうち、昭和六三年四月一一日近鉄ワラント売付までの原告の取引を担当した。Bがワラントの存在を知ったのは昭和六二年春頃であり、B四版一〇枚程度の社内資料によってワラントの仕組みを知った。

4  Bは前記倉敷信用金庫の某支店長から証券取引希望の顧客として原告を紹介され、昭和六二年八月始めに●●株式会社を訪れて原告に面談して株式取引を勧誘し、同月四日前記能美防災転換社債の買い注文を受けたほか、同月六日に六甲バター株式三〇〇〇株を金約二五四万円にて買い注文を受け、同月一九日に原告が他社で買い付けた忠実屋ほかの株式一万三〇〇〇株の預託を受け、同日カシオ計算機三〇〇〇株を金約三八二万円にて、当時の名称で小堀住建(現在エスバイエル)のワラント二〇ワラントを代金四七八万七三一〇円にて買い注文を受けた。以後Bは、原告から株式現物及び株式信用の各取引及び取引一覧表記載の各ワラントの売買注文を受けた。

5  Bは、原告に対して前記小堀住建のワラントを勧誘するに当たって、原告に架電し、約一五分ないし二〇分ほどの電話による会話において、小堀住建の業績や株価の今後の見通し等を説明して利益の上がる旨の予想を述べてそのワラント取引を勧誘した上、ワラントが新しい商品であること、ワラントは株式ではなく新株を引き受ける権利を売買するものであること、ワラントは現物の株式に比べると三倍くらい早く値動きするものであり、現物株よりも損益の大きいものであること、ワラントには四年くらいの権利行使期限があり、これを経過すると無価値となるので権利行使期限内に売却するかもしくはその銘柄の株式を引き取る必要があること、ワラントは外貨建であるから為替リスクがあること等の点を一応説明したが、Bは以上の点を原告に面談して説明したり、事例を紹介したり、ワラントの内容等を記載した冊子などを見せながら説明するなどの手当はしておらず、原告が十分理解しているか否かについても特に原告の理解を試すなどして確認はしていない。また本件取引開始当時は、被告においても一二頁からなる「ワラント取引説明書」(乙四)や「ワラント取引に関する確認書」(乙五)の書面を準備しておらず、Bが右説明書を原告に交付ないし送付して右確認書に原告の署名押印を受けたのは、本件取引のうちBが買付を担当したすべての取引がなされた後の昭和六二年九月一七日に至ってであった。また右「取引説明書」や「確認書」を原告から徴求する際にBが原告に対しこれらを示しながら改めてワラントの内容、取引の仕組み、危険性等を説明することはなかった。もっとも原告の行ったワラント取引については、被告から原告に対し、約定日の翌日に売買報告書が送付され、それには「ワラント取引のご案内」と題する一頁からなるワラントの説明書が同封されており、同説明書には前記争点についての当事者の主張欄掲記の被告の主張する説明内容が記載されていた。また原告は、昭和六二年一一月以降毎月一回本件取引を含む株式等の取引の現状についての確認回答書を被告に差し入れており、平成二年二月以降は、被告から原告に対して三か月に一回、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」と題する原告の買付等しているワラントの明細及び時価評価を記載した通知が送付され、右「お知らせ」の裏面には同様に被告の主張する内容のワラントについての説明が記載されていた。

6  原告は、右Bの説明を受け、ワラントについてはその名称及び株式に比べて値上がりしたときの利益率が大きいことは理解したものの、前提事実記載のようなワラントの仕組みや取引構造、ことにワラントに権利行使期間があり、これを経過すると無価値になることもほとんど理解しないまま、株式に比べて利益が大きいとのBの説明に乗り、取引一覧表記載のとおり、昭和六二年八月一九日から同年九月一六日の間に、小堀住建(エスバイエル)、古川電工、住友化学、武田薬品工業及び近鉄の各ワラントを合計金三二七五万三〇四五円にて買い付けた。その後原告は、古川電工、住友化学及び近鉄のワラントをBの指示に従って売却したが、エスバイエル及び武田薬品工業のワラントについてはBの売却の指示がないまま放置され、エスバイエルのワラントは平成四年三月一七日に至ってDの指示によって金一三一二円にて売却されたものの、武田薬品工業ワラントは権利行使期間を経過した。

7  Cは、昭和六三年六月から平成三年一一月まで被告倉敷支店営業課長の職にあった証券取引外務員であり、Bの後任として原告の証券取引を引き継ぎ、本件取引のうち、平成二年六月四日の日本石油のワラント買付から平成三年六月二七日の南海電鉄のワラント売付までの取引を担当した。Cは、原告に対してワラント取引を勧誘するに当たっては、原告が既にBを担当者としてワラント取引をした経験があったことから、特にワラントの内容、仕組み等について改めて説明はしなかった。またCの勧誘によって原告が平成二年九月一四日に金一〇三八万一六〇〇円にて買い付けたイトマンのワラントにつき、数日後にイトマンの株価が暴落したことによりワラント価格も暴落したことから、原告はCに右ワラント勧誘の責任を追求し、Cは以後右損失を回復するために積極的に原告にワラント取引を勧誘し、銘柄の選択、売買の時期等の決定がほぼCに一任され、原告はこれを追認する形態でワラント取引が頻繁に繰返された。平成二年一〇月一六日から平成三年六月七日までのワラント買付取引は一九回に及び、買付代金合計は八三八四万七一三九円に及んでいる。

8  Dは、平成三年一二月から平成七年五月まで被告倉敷支店営業課長の職にあった証券取引外務員であり、Cの後任として原告の証券取引を引き継ぎ、本件取引のうち、平成四年一月二四日の三井造船のワラントの買付から以降の取引を担当した。Dは、原告の担当を引き継ぐに当たり、原告に対し、不動産取引における手付金をワラントに見立てた説明をし、原告におけるワラントの理解度を一応確認したうえ、取引一覧表記載のとおりのワラント取引を勧誘した。

9  原告のワラント取引は、前記Cにほぼ一任した時期を含め、ほとんどの取引が被告外務員の勧誘ないし指示にそのまま従って行われており、その結果、エスバイエルワラントは権利行使期限である平成四年七月二二日の約四か月前まで保有され、武田薬品工業、イトマン、平成四年五月七日買付の凸版印刷、平成五年五月一七日及び同年一〇月二二日各買付の三井造船、シチズン時計、アラビア石油の各ワラントは、原告から本件訴訟を提起する旨の通告が被告に伝えられたことから被告外務員が売付の指示をしなかった結果、いずれも権利行使期限を徒過し、無価値となった。

二  被告の責任

1  証券取引法は国民経済の適切な運営と投資者の保護を目的としており(同法一条)、その目的達成のために証券会社に対し、顧客に対して誠実かつ公正に業務を遂行すべき義務を課し(同法四九条の二)、具体的取引の勧誘や取引の実施等に当たっては取引態様の明示義務(同法四六条)、取引報告書の交付義務(同法四八条)やいわゆる適合性の原則(同法五四条一項一号)を掲げ、不当勧誘行為・一任勘定取引等を禁止(同法五〇条)するなど種々の規制をもうけている。また同法五〇条を受けた大蔵省証券会社の健全性の準則等に関する省令は「有価証券の売買その他の取引に関し、虚偽の表示をし、または重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示」(同省令二条一号)や「有価証券の性格、取引の条件、価格の騰貴もしくは下落について顧客を誤認させるような勧誘」(同省令三条三号)を禁止している。右各規定等は、直接的には行政的取締を目的とした規制であり、これらの規定違反行為が直ちに民事上の不法行為としての違法性をもたらすものではないが、右各規制は、証券取引における証券会社と一般の投資者との間に存在する証券についての知識、専門性、情報収集力、取引経験等における質的な差異を前提として、証券会社ないしその外務員が不当な取引勧誘等を行ったときは一般投資者に予期し得ない損失をもたらすことが容易に想定されることに鑑み、これを防止することを目的として規定されているものであり、右各規定の趣旨、右証券会社と一般投資者間の質的な差異及び一般投資者が証券取引を行うについては証券会社を媒介として行うよりほかの方法がなく、証券会社は証券取引を行いまたはこれを媒介等することによって利益を得ている営利企業であること等の点に照らすと、証券会社には、不法行為法上の注意義務としても、投資者が証券取引についての危険性を誤認するような虚偽の情報等を提供してはならないのはもちろんのこと、当該投資者の年齢、経歴、職業や社会的地位、当該証券取引についての知識、経験、資産、取引の対象たる証券の性格、取引量、取引に至った経緯等に照らして当該投資者が当該取引を行うことに過度の危険が伴うと思われる場合には積極的に取引を回避すべきであり(適合性の原則)、また取引対象の証券が高いリスクを伴うものであったり、その内容や仕組み及び取引構造において一般に周知されている株式現物取引等に比べて複雑ないし難解であるような場合には、投資者が当該証券に精通している場合を除き、投資者に対して、当該証券のリスクや証券の内容等について十分に説明し、投資者が当該証券の投機性や危険性についての判断を誤らせないようにすること(説明義務)が、契約における信義則上の義務として求められるというべきである。

もちろん証券取引には本格的にリスクが伴うものであることは周知のことであるから、これを行おうとする投資者には、当該取引の危険性と、自己が危険に伴うだけの資力を有するか否かの判断を自主的に自己の責任において行うことが求められる(自己責任の原則)ことは被告の主張するとおりであるが、証券取引における前記のとおりの証券会社と一般投資者の資質の相異や証券会社に求められる公正な証券取引の担い手としての公的要請(証券取引法一条等)に照らすと、投資者が真に自己の責任において取引の意思決定を行い、したがってその結果損失が生じた場合にもこれを甘受すべきであるというためには、証券会社において当該証券についての内容や危険性に関する情報を投資者に周知させていることが前提として求められるというべきであるから、自己責任の原則によって証券会社の前記注意義務が軽減されるものではない。

2  これを本件についてみると、

(一) ワラントの証券としての意義、内容、仕組み及び特質等は前提事実記載のとおりであり、これらの点に照らすと、ワラントは相当にハイリスク・ハイリターンの性格を有する商品であり、かつ、新株引受権付社債から新株引受権のみが分離された証券であるというその意義内容自体やや理解に戸惑いを生じさせるものであるのみならず、その価格形成の仕組みは、論理的には概ね株式相場に累乗的に比例するものとは考えられるものの、なお理論価格であるパリティのみによってはこれが定まらず、むしろ実際にはプレミアムと呼ばれる株式高騰等に対する期待値や権利行使価格の残存期間等が大きくその価格形成に反映されるなど相当に複雑であって、正確にこれを理解するのは容易でない面があると言うことができる。またワラントは、権利行使期間を経過するとそれ自体全く無価値になるという従来の証券にない特質を有する商品である。したがってワラント取引は、相当の危険性を伴い、かつ投資者がその商品としての性格や価格形成ないし変動の仕組み等を十分に理解しないままこれを行った場合には予想外の損失を被る恐れのあるものと言うことができるから、その勧誘に当たっては、証券会社ないしその外務員において前記適合性の原則あるいは説明義務の遵守が特に強く求められると言うべきであり、説明義務の具体的内容としては、少なくともワラントの意義、仕組み及びその価格形成要因の概要並びにワラントの危険性として、価格変動が株式等に比べて極めて大きく、権利行使期間を経過すれば無価値となる特質を有することを投資者に十分理解させる必要があると考える。

(二) 前記認定事実によると、原告は本件取引を行うまではほとんど証券等の取引経験がなく、ワラントについても全く知識がなかったものであることに照らすと、そもそも原告に対してワラント取引を勧誘すること自体が適合性の点で疑問の残るところであるが、他方、原告は小規模ではあっても株式会社の経営者であり、それなりの収入及び資産を有していたものであること、原告と被告との証券等の取引は原告が自ら希望して開始されたものであること等の点を勘案すると、原告に対して本件取引を勧誘したこと自体をもって適合性の原則に違反した違法な行為とまで言うことはできない。

(三) 本件取引は、前提事実記載のとおり、B、C及びDがそれぞれ原告との取引を担当した時期がある程度画然と区別されることが認められるので、以下それぞれの時期につき被告の外務員としてのBらに前記説明義務違反その他の注意義務違反の違法があったか否か及びそれが肯定される場合の原告の損害につき判断する。

(四) 前記認定事実によると、Bは、本件取引を開始するに際し、電話によって原告に対し、ワラントの概要及びその危険性を説明したことが認められる。しかしながら、Bの右説明は、一回の電話によるものでかつ架電時間も約一五分ないし二〇分の短いものであり、しかもその間に小堀住建の株価の見通し等も含めて説明し、直ちに同ワラントの注文も受けたというのであるから、一般的にもそれのみによってはとうていワラントの存在自体をも知らなかった原告に対してワラントの仕組み等の概要や危険性を周知させることは困難なものであったと言うほかなく、実際にも原告は、右Bの説明によってはワラントの概要及び危険性についての十分な理解を持つには至らず、ただ株式に比べて利益が大きいとの理解のみによって本件取引を開始したものと言うことができる。また被告が原告に対して「ワラント取引説明書」(乙四)を送付し「ワラント取引に関する確認書」(乙五)を徴求したのはBの担当した取引のすべての買付が行われた後であること、その際もこれらの書面を送付等するのみで改めてワラントの危険性についての注意を喚起するような説明をしなかったことも被告の対応として不十分であったと言うほかない。被告は本件取引が成立する度に原告に対して送付された取引報告書にワラントの概要と危険性の説明を記載したワラント取引の「ご案内」が同封されていたことも主張し、右事実の認められることは前記のとおりであるが、右「ご案内」の送付自体各取引が行われた後のことであるし、その説明記載の内容も一般的抽象的であってこれを読めば当然にワラントについての十分な理解が得られるとは直ちに言い難く、説明義務の履行としては不十分と言うほかない。

そうすると本件取引のうち、Bの担当した取引については被告ないしBにおいて前記説明義務を十分に履行しなかった違法があると言うべきであり、被告はそれによって原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

取引一覧表によると、原告は、Bの担当した本件取引の結果ワラントの売買差損として合計金一六五二万一六四八円の損失を受け(取引一覧表の売付金額の空白欄はワラントが無価値となったものとして〇円と計算する。以下同様)、同額の損害を被ったことが認められる。しかしながら、右損害の発生については、原告においてBの前記ワラントに関する一応の説明を、安易にワラントが利益の上がるものとのみ理解して取引を開始したことだけでなく、ワラント買付の後ではあるが、被告から送付された「ワラント取引説明書」や前記認定の平成二年二月以降原告に送付された「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」等を子細に読めばワラントの危険性等について相応の理解を得られるはずであるのに、その後もBやC等の指示のないまま各ワラントを放置し、その結果エスバイエルについては権利行使期限近くまで、武田薬品工業については権利行使期限を徒過するまで売付処分をしなかったことが右損害発生及びその増大の大きな要因をなしていること等において責められるべき点があり、これらの点を前記被告の注意義務違反の内容、程度その他前記諸般の事情と勘案すると、右損害のうち四割を過失相殺として減額するのが相当である(右減額後の損害額は金九九一万二九八八円となる。)。

(五) 次に、Cは、Bから本件取引の担当を引き継いだものであるが、前記のとおり原告が既にワラントについての知識を有するものと安易に考え、改めて原告に対しワラントの概要、危険性等についての説明をしなかったものであるから、この間に前記「ワラント取引説明書」や「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」を送付したことを考慮しても(原告本人尋問の結果によれば、原告はこれらの説明書にほとんど目を通していなかったことが認められるところ、Cとしては、Bから引き継ぐに当たり、少なくとも原告が真にワラントについての理解を持っているか否かにつき面談して確認し、あるいは右説明書等の熟読を指示するなどの手当をすべきであった。)なお説明義務に違反した違法があると言うべきである。またCは、前記イトマンワラントの暴落後原告の損失を回復するためとして多数回に渡り頻繁に原告との間でほぼ事後承諾の形態でワラント取引を行っているところ、これを原告主張のように一任勘定取引というか否かは格別、少なくともCは被告の外務員として、本件取引が顧客である原告の自主的判断によってこれがなされるように配慮し、もって原告をその経済的、知的能力に照らして過度の危険にさらさないよう助言、指導をすべき義務があると言うべきであるから、右Cの行為は取引の勧誘行為としても原告の自主的判断及び決定の機会を奪うものとして違法と言うべきである。したがって、被告はCの担当した時期の本件取引についても、それによって原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

取引一覧表によると、右時期における原告の本件取引による売買差損は金六八四万〇四八二円であり、原告は同額の損害を被ったことが認められるところ、この間の取引については、原告において前記説明書等を送付されておりながらこれを熟読せず、ワラントの危険性を理解しないまま安易にCの勧誘に応じたこと、Cが前記のとおりほぼ事後承諾の形態で多数の取引を継続することを容認していたこと、またこの間には、前記エスバイエルや武田薬品工業のワラント価格は相当に下落しており(乙八の二によれば、Cが担当した取引開始時の直前である平成二年五月三一日時点において、エスバイエルワラントは買付金額である金四七八万七三一〇円の約五五パーセントに相当する金二六五万三〇〇〇円に時価評価が下落し、武田薬品工業ワラントは同様に金一三一四万五六二五円の約四四パーセントに相当する金五七九万八七〇〇円に下落していたことが認められる。)、さらに前記イトマンワラントの暴落という事態もあったのであるから、原告においてもワラントの危険性を体得すべきであったのにその後も安易に取引を継続したこと等の点において、右損害発生とその増大について原告にも大きな責任があると言うべきであり、右事情を勘案すると、この間の取引によって生じた前記損害についてはその八割を過失相殺として減額するのが相当である(右減額後の損害額は金一三六万八〇九六円となる。)。

(六) 次に、Dは、Cから本件取引の担当を引き継いだものであるが、この間の本件取引については、前記認定のとおりDにおいては取引の開始前に原告に対して一応のワラントの説明をして原告の理解度を確認していることに加えて、右取引開始時には、原告は既に多数回のワラント取引を経験しており、ワラント取引によって大きな損失を被ることがあることを体験している(乙八の九によれば、右取引開始の直前である平成三年一一月二九日の時点において、エスバイエルワラントの時価評価額は、買付金額の約〇・三パーセントに相当する金一万六二五七円に、武田薬品工業ワラントは同様に約二・二パーセントに相当する金二九万二六一三円に、イトマンワラントは同様に買付金額金一〇三八万一六〇〇円の約一・三パーセントに相当する金一三万〇〇五〇円に下落していることが認められる。)こと等の点に照らすと、被告において説明義務違背の違法はないか、もしくはこれがあるとしても原告の本件取引及びそれによって生じた損害との間に因果関係がないと認めるのが相当である。よってこの間の取引についての原告の請求は理由がない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、金一一二八万一〇八四円及びこれに対する本件不法行為の後である平成五年六月一〇日から支払い済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田善康)

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